『天久鷹央の事件カルテ 幻影の手術室』のレビュー

 こんにちは。LostAngelと言います。今回は、『天久鷹央の事件カルテ 幻影の手術室』を読んだので、感想やどういう点がおすすめできるのかについて紹介していきたいと思います。

 

 本格的なレビューに移る前に、一つ注釈があります。この作品はこれ一冊でも読めるくらいに完成された作品ですが、作中の世界観としてはシリーズものの中盤くらいにあたる作品です。具体的に言うと、15作品以上ある天久鷹央シリーズのうちの6作目です(多分)。作中、過去の作品で取り扱った事件のことが少し出てくるので、天久鷹央シリーズを知らずに初めて読む場合、この作品はおすすめしません。一作目の『死天使のスフィア』を手に取ってみてください。

 

 それでは、前置き終わり。ここからレビューです。

 まず、作品の背景について、ネタバレをせずに説明していきます。以下、本の裏表紙に書いてあるあらすじを引用します。公開されている情報なので、ネタバレにはならないはず。

手術室での不可能犯罪。

なぜ麻酔医は死んだのか。

手術後のオペ室で起きた医師死亡事故。記録用のビデオに録画されていたのは、一人の麻酔医が「見えない誰か」と必死に格闘し、その末に絶命する場面だった。手術室は密室。容疑者は全身麻酔で身動きの取れない患者のみ。西東京市・清和総合病院で起きた不可能犯罪に対し、天才女医・天久鷹央は独自の捜査に乗り出すが……。事件に隠された”病”を解き明かす、本格医療ミステリ。

 以上が、裏表紙の文面です。今回はこれをネタバレの基準にして、この文章よりも詳細な情報を漏らさないようにしてレビューをしていきます。

 

 まず、登場人物の軽い紹介から。本当はもっと重要なキャラクターがいるのですが、以上の文章よりネタバレはしないと誓ったので、主人公級の人物のみ取り上げます。

 その人物というのが、タイトルにもある天久鷹央です。あめくたかおと読みます。初めて見たとき私も読めませんでしたが、あえてとっつきにくいような上品な名前にしているのだと思います。というのも、鷹央は疾患を特定して診断を下すことと、謎を解き明かして真実を明らかにする推理のエキスパートであり、常人にはない知能を持っているからです。あまり掘り下げるとネタバレになるのでやめますが、鷹央は天才医師であると同時に名探偵でもあるのです。その鷹央が本作で挑むのが、手術室での死亡事件です。

 

 密室の手術室で、「見えない誰か」と戦った末に亡くなった麻酔医。なぜ、その医師が亡くならなければならなかったのかを追求していくのが、本作の命題です。こういう、通常ならば有り得ない事象を医学的観点から検証、推理していき、一つの真実を明らかにする、というのが天久鷹央シリーズの定石であり、面白い点でもあります。そのため、医療ミステリとカテゴライズするにふさわしいトリックが仕込まれています。内容についてはネタバレになるので言及を避けます。

 とにかく私が言いたいのは、このシリーズには他の推理小説やミステリー小説にはない斬新さがあるということです。医療に関する専門的な文章が出てくるので、とても新鮮な気持ちで読めます。専門用語や聞き慣れない熟語なども出てきますが、不思議と読みやすい。その読みやすさについても工夫が施されていると思うのですが、どうしてもそれを説明するには裏表紙の内容以上のことを語る必要があるので、やめます。

 

 さて、ネタバレを気にして全然レビューになってないかもしれませんが、これだけは言わせてください。天久鷹央シリーズは本作を含め、面白いです。なにより、トリックが予想できないところが素晴らしい。予想だにしない視界外からぽんと真実を提示する鷹央に、あなたもきっと感動するはずです。しかも、読みやすい。丁寧に文章が作られているので、専門的な話があるにもかかわらずページを動かす手が止まらないのです。あと、叙述トリックというか、トリックを解き明かすために必要な文章をさらっと作中に埋め込むのが上手いです。ちょっとなに言ってるのか分からないと思いますが、「それが重要だったんだ!」と、後から気づいて楽しめるようなつくりになっています。そういう意味では叙述トリックではないかもしれませんが、楽しんで読める仕掛けが施されているのです。

 長々と話してしまいました。小説の内容に触れるとネタバレになってしまいますので、本作の説明は希薄だったかもしれませんが、シリーズの空気感のようなものを感じ取って頂けたら幸いです。

 

 最後に、本作『幻影の手術室』の基本的な情報と、注意事項を書いて終わります。

 本作は長編で、文量は標準的だと思います。ページ数もネタバレになりそうなので伏せておきます。なんのネタバレかよと思いますが、個人的にページ数も小説の重要な情報だと思っているのです。

 文章は圧倒的に読みやすいです。特に、誰がなにを言ってるのかを理解しやすい構成になっているのが素晴らしいです。小説で最も読みづらさを抱かせてしまう要因は、このセリフを誰が言っているのか分からない・分かりづらいというところにあると思っているので、本作並びに天久鷹央シリーズは非常にお勧めできます。

 最後の最後に、注意事項です。この作品は流血描写が出てきます。まあ、医療を扱っているので当然と言えば当然ですが、そういうのが苦手な人にはお勧めできません。特に本作『幻影の手術室』はそれが顕著です。

 

 以上が、私の『天久鷹央の事件カルテ 幻影の手術室』に対するレビューです。いかがでしたでしょうか。こうした文章を書くのは初めてで、至らない点があるかもしれませんが、これから天久鷹央シリーズを読みたいという方の参考になれば幸いです。

 ありがとうございました。LostAngelがお送りしました。

 

復帰しました

こんにちは。LostAngelというものです。

今回は、長らく放置してきたこのブログの復帰をご報告しに来ました。

三日坊主のせいで、2022年11月から更新が途絶えてしまった本ブログですが、この度、復帰しようと思い立ちました。

復帰を思い至った理由といたしましては、なにをしても続かない私でも、続けられるのは文章くらいだと思ったからです。まあ、実際はブログも中途半端にやめてしまったのですが。

それはさておき、これからは自分のやってきたことや好きなものを紹介する日記形式でブログを書いていきたいと思っています。日記も毎日続けたいと思っていたのですが、中々続かず、せっかくなら人に見てもらえるかもしれないブログ形式でなら続けられるかもしれないと思いました。

具体的な内容としましては、読んだ小説のレビューをしていきたいと思います。食べたもや映画の感想を書くのもいいのですが、あんまり突っ込んだ話をすると個人情報に抵触する可能性があるので、書くのは自重します。

小説のレビューというのは、読んだ小説の感想をだらだらと書いたり、こういう描写がよかったよくなかったというのを話すといった感じです。私のレビューで読んでくれるようになる人がいるかもしれないので、ネタバレは絶対にしないスタンスでいこうと思います。

私は親の趣味の都合上、たくさんの小説がある家で育ってきました。活字に触れて育ってきた側面があるので、趣味の読書を通じてお気に入りの小説の情報発信ができればいいなと思っております。

さて、ここまで長々と話してきましたが、結局のところ、このブログでやりたいことは二つです。日記と小説のレビュー。この二つに焦点を合わせてブログ運営をやっていきたいと思います。私はあまりアウトドアな性格ではないので、どこどこに行ったとかいう派手な文章は書けませんが、小説の中の世界では旅をしています。日々の小さな魅力と、小説が魅せる大きな魅力を形にしたいと思います。

それでは、本日はここまでとさせて頂きます。久々にブログ用の文章を書いたので、少し疲れました。小説でも読んでリラックスしたいと思います。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。LostAngelがお送り致しました。

言葉の持つ魔力

1. 初めに

皆さんこんにちは。LostAngelです。

今日は言葉の持つ魔力について、自分の考えを語っていきます。

『言葉の持つ魔力』とは何か、私たちは言葉をどう扱っていけばよいのか、の二本立てでお送りしていきます

 

2. 『言葉の持つ魔力』とは何か

さて、まずは『言葉の持つ魔力』の説明をします。

ずばり、言葉が持っている魔力とは、言葉が読み手に及ぼす影響のことです。

近年、SNSや動画配信サイトの普及により、誰でも簡単に言葉を発信できるようになりました。

そのため、言葉の持つ影響力というものが軽視される傾向になってきたと、私は思います。

そのへんの友達と話すような感覚で不適切なメッセージを公開したり、悪気はなかったと言いつつ、誹謗中傷を繰り返す人も多くいます。

言葉は、言霊です。

発言回数が増えたとて、その言葉の一つ一つが秘める魔力は変わりません。

誰も見ていなくても、誰かが見ているものとして、慎重に言葉を紡いでいかなければならないのです。

そこに貴賤はありません。有名人だろうが小学生だろうが、全世界に発信するのであれば、発言に注意するのは当然のことです。

少し、説教臭くなりました。

ようは、気を付けてほしいということです。

書き込みを投稿する前に、一度文面を確認してみる。

コメントを残す前に、他者を傷つけるようなワードを使っていないか、本当にこの言葉選びで大丈夫か、確かめてみる。

言葉の魔力に害されてしまう人を、一人でも減らしたい。

ただそれだけです。

 

3. 私たちは言葉をどう扱っていけばよいのか

次は、私たちの言葉の扱い方についてです。

先ほど、言葉は魔力を持っていると言いましたが、それは別に、悪い意味を強調したいがために言ったわけではありません。

言霊を利用することで、私たちの暮らしはより豊かになっていますから、警戒しすぎる必要はないのです。

SNSやテレビで表示される広告は、新たな商品・サービスとの出会いをもたらしてくれますし、数多の文章で構成される小説は、文字だけで様々な思いを伝えることができます。

ですので、怖がる必要はありません。

積極的に言葉を発信することは、むしろ推奨されるべき行為です。

しかし、気を付けることは必要です。

誹謗中傷は犯罪です。最近厳罰化されたこともあり、世間の目も厳しくなっています。

罪の大きさは関係ありませんが、他人を傷つけるような言葉を使うのはやめましょう。

誰も幸せになりませんし、魔力は世のため人のために使われるべきです。

では、失言をしないように言葉を発信し続けるには、どうしたらいいでしょうか?

答えは簡単です。

気を付ければいいんです。

言葉を送るときに毎回、気を付けるだけでいいんです。

一つ前の章で書いたので、詳しくは省きます。

このブログもそうしています。言葉が暴走してしまわないように、欠かさずチェックしています。

まだ更新回数は少ないですが、これからも気を抜かずに頑張っていきたいですね。

 

4. 最後に

さて、言葉の魔力回、いかがでしたでしょうか。

まあ、一部の人にとってはあくびが出るくらい当たり前な話でしたでしょうが、大事なことなのでここに書き留めようと思います。

言葉は、言霊です。

皆さんもぜひ、これだけは憶えてもらえると嬉しいです。

それじゃあ、今回はここらへんで。

おやすみなさい。

 

 

 

薄くてしょっぱい、あのお菓子について。

1. 初めに

お疲れ様です。LostAngelです。

今日は薄くてしょっぱい、あのお菓子について話していきます。

そのお菓子とはずばり、ポテトチップスです。

といっても、なにか事前に調べてきたわけじゃないので、私が思っていることを自由に書くだけです。

題材は二つ。

なぜポテトチップスが現代人に愛されているのかについてと、ポテトチップスから分かる将来について、です。

それでは、早速書いていきます。

 

2. なぜポテトチップスが現代人に愛されているのかについて

まずは、なぜポテトチップスが現代人に愛される嗜好品になったのかについて考えていきます。

ずばり、ポテトチップスの魅力は大きく分けて三つあります。

一つ目が、食べやすさです。

指が汚れてしまいますが、ポテトチップスは片手でつまむことで簡単に食べられます。

しかも、袋や箱などの容器を開けてすぐに。

まあ、この長所は他のお菓子にも言えることなので、あまり重要ではありません。

さっさと次の魅力に行きます。

二つ目は、味です。

常識ですが、ポテトチップスの原料はジャガイモです。

しかし、ジャガイモ自体にはあまり味がありません。

なので、普通はフレーバーを加えて様々な味に変化させます。

単純ですが、これがポテトチップスの味のバリエーションを増やすことにつながり、多くの人に愛されるポイントでもあるのです。

最後の三つ目が、大量生産が可能な点です。

すぐ上で書きましたが、ポテチはジャガイモでできています。

そしてジャガイモは、我が国日本でも農家の皆さんが大量に生産されています。

すくすくと育ったジャガイモは収穫された後、一気に大量に輸送され、工場でポテトチップスへと姿を変えます。

あまり詳しくありませんが、この仕組みは日本だけでなく、アメリカなどの海外でも同様でしょう。

つまりポテトチップスは、モノづくりがシステム化されたこの時代において、最も生産しやすく、流通しやすいがために幅を利かせた食品なのです。

 

3. ポテトチップスから分かる将来について

さて、二つ目の話題です。

ポテトチップスから分かる将来について、です。

もうこれで三回目ですが、ポテトチップスはジャガイモから作られます。

すると必然的に、ポテトチップスをたくさん作ろうとすると、それに応じたジャガイモを生産する農地が必要になります。

もちろん、農地だけではありません。

ジャガイモを手塩にかけて育てるには、水、肥料、そしてジャガイモ農家の方々と多くの時間が欠かせません。

ポテトチップスを食べたい人が増えるほど、これらの材料が要求されるのです。

しかし、地球の面積には限りがあります。

少しオーバーな話になってしまいますが、先日、地球の人口が八十億人を突破しました。

ようは、人が増えるほどジャガイモが多く要る。

でも人が増えるにつれ、ジャガイモを育てるための場所とコストがかさんでいく。

けれども、地球のキャパシティは一定で、変わらない。

こう考えると、どこかで限界が来るのは火を見るよりも明らかです。

なんの限界についてなのかは、あえてここでは言いません。

果たして、ポテトチップスを嗜好品として楽しめるのは、一体いつまでなのでしょうか。

愛好家の一人としてはそんなこと、考えたくはありませんが。

 

4. 終わりに

最後の方を壮大な話にしてみましたが、いかがでしたでしょうか?

我が国日本では少子高齢化が社会問題となっていますが、世界的にみると、人口増加が顕著です。

どちらも難しい問題であり、いずれ解決の一手を打たなければなりませんが、ここでそれを訴えるのは嫌です。

私の手は、ポテトチップスをつまむためにありますから。

おやすみなさい。

眠かったら寝てもいい。

1. 始めに

どうもこんにちは。LostAngelです。

今日は私がいつも思っている、眠る寝るについての話をします。

 

2. 眠る

まず、眠るについてです。

眠るとは、横になる、ならないに関わらず、目を閉じて意識を手放し休むことです。

布団に入ってがっつり眠るもよし、机に塞ぎ込んで居眠りをするもよし。

意識を無にして休息をとることが、眠るという行為だと思います。

ただしこれには、人によって難易度の差があります。

横になったらすぐに眠れる人もいれば、目が冴えて何時間も眠りにつけない人もいます。

このような差異が生じる原因には、その人の環境の違い、その人の精神状態の違いなどの原因が考えられます。

言うまでもありませんが、良質な睡眠がとれなければ、起きている間のパフォーマンス能力も低下してしまいます。

なので、深く良く眠ることはとても重要です。

しかし、近年は強い光を発するモニターやスマホの画面を見つめることが増えました。

これにより、不必要なレベルまで脳が覚醒してしまい、眠るべき時間に中々意識を手放せない。

特にデータなどはありませんが、最近はそんな人が多いように感じます。

この観点においても、やはり我々はテクノロジーと距離を置く時間を作った方がいいですね。

と、ブログに書いていては本末転倒ですが。

 

3. 寝る

次に、寝るという行為について考えます。

寝るとは、先に書いた眠るということを目的とした、最も最適化された行動です。

楽な体勢になって横になる。シンプルですが、極めて効果的な手段です。

寝っ転がれば筋肉を働かせる必要もありませんし、体を楽にしますから、余計な精神的ストレスもかかりません。

といっても、寝るためには十分なスペースが必要ですが、一般的な住環境であれば、さして問題ではありません。

すみません。少し脱線しました。

長くなりそうなので、結論を言います。

ずばり寝るとは、眠るための手段でありますが、眠るために必ず必要な動作ではない、ということです。

これは単に、横にならなくても眠れるという意味です。

座ったり、立ったまま眠る人もいますから。

ここで重要なのは、良質な睡眠をとるためには寝ることが最も効果的、という点です。

何を当たり前なことを、と思う人もいるでしょうが、とても大事なことです。

現代の人はやることに追われて、寝ることを惜しむ傾向にあるからです。

その結果、睡眠時間が減少、もしくは寝る以外の方法で眠ってしまい、睡眠の質が低下してしまう。

そして、それが精神に影響する。

近年、精神病患者が世界的に増加している理由はここにあると、私は考えています。

まあ、偉そうに言ってる私も睡眠を犠牲にしている一人です。

まさに、人の振り見て我が振り直せ、ですね。

 

4. 最後に

さて、今回は少し短めですが、これも自分をいたわって早く寝るためです。

どうかご容赦ください。

この記事を読んでいる人がいるかは分かりませんが、これを見たあなたも、今日ぐらいは早めに床に着いてみてはいかがでしょうか。

それでは、今日はこの辺で。

次回は明後日くらいです。

おやすみなさい。

 

 

 

大人気ゲームシリーズのアレ、発売しますね。

1. 初めに

おはようございます。LostAnge1改め、LostAngelです。

いよいよ2022年11月18日の午前0時から、大人気ゲームの最新作が配信開始です。

ということで今回は、新作ゲームの発売に関して、私が思うことと、ゲームは今後どうなっていくのかについて、私が思うことを語ります。

 

2. 新作ゲームの発売に関して、私が思うこと

2.1. 初めに

まず、新作ゲームの発売に関して、私が思うことを語ります。

昨今はSNSや動画配信サイトの普及も相まって、新作ゲームの情報を目にする機会が増えています。

大げさな表現でもなく、世界中の人の書き込み、動画、配信を視聴することが可能です。

そういったコンテンツを利用するにあたり、注意しなくてはならないことが増えました。

いわゆるネットリテラシー、古い言葉で例えると、ネチケットの考え方です。

膨大な情報を短時間で入手できることが災いし、自分が知りたくない情報、もしくは自分が知ってはならない情報を知ってしまわぬよう、自衛しなければならないのです。

ここからは、私が説明したいことである自分が知りたくない情報自分が知ってはならない情報の、二種類の情報を深堀りしていきます。

 

2.2.自分が知りたくない情報

一つ目に、自分が知りたくない情報です。

これは単純明快です。

今の自分が知りたくない、頭に入れたくない情報を指します。

発売間近の新作ゲームを例に挙げると、その中身についてが大半です。

キャラクターや風景のデザインといった視覚的な情報であったり、ボイス、BGMといった聴覚的な情報などです。

また、個人によってどこまでが知りたくない情報なのか、の基準が異なるのも特徴です。

一切を遮断して、まっさらな気持ちでゲームを遊びたい人もいれば、できる限り事前に情報を集めておき、スタートダッシュを確実に成功させたい人もいます。

これが非常に厄介で、ネットリテラシーの考えをもって情報のインプットをコントロールすることを、とてつもなく難しくさせているのです。

もっと簡単に言うと、情報を公開する側が加減できず、個々人の線引きを越えて情報が流入し、ネタバレが容易に発生しうるのです。

これはもう、どうしようもありません。

ある意味ネット社会の性とも言えますが、一応対策はできます。

ゲーム制作サイドや、新作ゲームの前情報を積極的に発信するであろう人のアカウント、チャンネルを見えない、聞こえないようにすればいいんです。

具体的に言うと、非表示や通知を受け取らない、ミュートやブロックといった機能の活用です。

そうすれば、不用意に情報を受け取る事故がぐっと減ります。

それでもゼロパーセントではないので、もっと有効的な策としてネット断ちがあります。

ネット断ちとは、読んで名の如く。

主体的にネットを利用しないようにし、情報をまとめて遮断する方法です。

これは、極めて効果的です。

むしろ、ネットの海におぼれがちな現代人は、ネタバレ関係なく、習慣にした方がいいかもしれませんね。

 

2.3. 自分が知ってはならない情報

さて二つ目は、自分が知ってはならない情報、です。

これは俗にいう、リーク情報の類いです。

リーク情報とは、新作ゲームの発売以前において、ゲーム制作サイドが公開していない、及び公開を許可していない情報のことを言います。

そう。

リーク情報は、不正な手段で入手した良くない情報なのです。

情報は価値であり、資産です。

ゲームでは、消費者がコンテンツを体験して満足感を得る代わりに、金銭を支払います。

そうした意味では、ゲームは情報が価値であり、資産そのものなのです。

リーク情報を得る、広めるという行為はいわば、情報を盗んで世界中にばらまくといった、極悪非道な行為といってもいい行為です。

一部の人たちは鼠小僧よろしく、そのおこぼれに預かろうとすることがありますが、それもいけません。

ゲーム制作サイドの損失につながりますし、ゲームの価値を貶めることですから、絶対に加担してはいけません。

 

3. ゲームは今後どうなっていくのかについて、私が思うこと

次に、ゲームは今後どうなっていくのかについて、私が思うことについて語ります。

これは個人的な考えなのですが、先に話した情報のネタバレやリーク情報の存在もあり、ゲームはとても繊細なものになったなあ、と思いが強いです。

もちろん、私の老いもありますが、ネットの存在が、ゲームを純粋に遊べなくさせているのでは、とすら思ってしまうほどです。

言い換えると、ゲームを遊ぶことによって得られる感動が、簡単に壊されやすくなった。

一昔前はカセット、ハードと呼ばれるゲームの情報が詰まったモノを買っていたのですが、今はダウンロードでもゲームを購入することができ、遊べるようになりました。

そのため、攻略スピードが飛躍的に向上。

ゲームの発売直後から最速で攻略することを目指す、もしくは楽しむ人が増えました。

また、ネットやSNSで攻略情報を確認できるようになり、分からないところがあったらそれらを頼って、難なく先に進めてしまうこともあります。

分岐した攻略ルートは、動画配信サイトで他人のプレイをチェックすれば、自分で遊ばなくても遊んだ気になれて満足できます。

確かに、ゲームの品質は極めて向上しました。

より綺麗なグラフィック。従来のような一本道で進行しない、オープンワールドの世界観。耳に残るサウンド、BGM。

どれもすごいです。

無から一を生み出すことはとてつもなく大変ですし、大勢の人の努力がなくては、決して生み出すことができないものですから。

だからこそ、ネットの存在がもったいないと感じてしまいます。

ゲームの自由度に、足かせをかけているように見えてしまうんです。

これは私の考えです。

ネットを否定するわけではありません。

じゃあどうすればいいのかという問いにも、答えられません。

本当に、何も言えません。

子どもの頃に覚えたあの感動は、在りし日の夢に変わった。

ただ、それが言いたかっただけです。

 

4. 最後に

長くなりました。

それに、変なことを書いて申し訳ないです。

でも、これが私の本音です。

こんなに情報にあふれているというのに、私が勝手に寂しさを覚えているだけですから、気にしないでください。

それでは、今回はこの辺りで。

次回は、多分二日後くらいです。

隔日で投稿しようと思っているのですが、自分との戦いです。

モチベーション次第で遅れるかもしれません。

まあ、ここにたどり着く人なんてそうそういないでしょうし、気楽にやればいいですかね。

おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

ブログ、初めてみました

1. 初めに

皆さんおはようございます。LostAngelと申す者です。

アカウント名はLostAnge"1"ですが、本当はLostAnge"l"です。

今日は、はてなブログ一発目ということで、ブログを始めた理由と、今後どうしたい

のかについて書き記したいと思います。

 

2. ブログを始めた理由

早速、ブログを始めた理由を紹介します。

理由は二つあります。一つずつ語っていこうと思います。

 

2.1. 一つ目の理由

まず一つ目が、

 『日記のように、日々のことを振り返り、記録しておく何かを残したい』

                              と思ったからです。

というのも最近、老いを実感されられることがあったのです。

ふと、「これはなんて言うんだっけ」と考え込むことが増えました。

以前はそんなことなかったんですが、近ごろ急に増えたのです。

もし、これを見ている方がいらっしゃいましたら、あなたも気を付けてください。

いつまでも元気でいられるのが一番ですが、時の流れは等しく、皆さんを衰えさせるものですから。

話が逸れましたが、一言で言うと、ボケ対策に日記を付けよう、というわけです。

文章を書くのが好きという些細な理由もあるのですが、一つ目の理由がこれです。

 

2.2. 二つ目の理由

二つ目の理由は、

        『この先、ブログの時代が来る!』

                           と信じているからです。

皆さんは、流行に敏感ですか?

動画や音楽やファッション、芸能人やソーシャルゲームに映画など。

この世界には様々な種類のコンテンツがあり、そのほとんどに流行り廃りというものが存在します。

なんて、偉そうに言っている私は鈍感な方なのですが、一つあるのです。

「これ、次に来るんじゃないか?」とにらんでいるコンテンツが、あるんです。

それが、ブログです。

サービスの名前は出しませんが、昨今、情報を得る手段も多様化しています。

そこで、多様性の内訳を考えてみると、テレビ、新聞が鳴りを潜め、SNS、ニュースサイト、動画配信サイトでの情報収集が流行している、という印象があります。

スマホタブレットを用いたアプリの普及も著しいです。

それなら、「個人運営のブログは流行りじゃないんじゃ」と思う人もいるでしょう。

ですが、私は違うと思います。

流行とは、それまで市場に無かったものを、余所から引っ張り出してきて拡散させることだと、私は考えています。

つまり、次に流行るものを先取りしてこそ、それを流行たらしめるのです。

先ほど、SNS、ニュースサイト、動画配信サイトの利用が増えていると触れましたが、これらのメディア媒体に無く、テレビ、新聞に有るものがあります。

それが、『無駄』です。

なんだか聞こえが悪いワードですが、とても大事なことです。

ニュースサイトでは、主体的に収集する範囲では、ある事件、事案にまつわる情報しか得られません。

動画配信サイトもそうです。短い広告が付く場合もありますが、メインの動画、配信は自分で見たいものを選んで視聴するのが普通です。

よって、こうしたコンテンツでは『無駄』が介在する隙間が小さいんです。

そしてこれは、視聴者に多少の息苦しさを与える原因になっていると思います。

「SNS疲れ」という言葉があるように、効率よく詰め込まれた情報たちを頭に流し込まれた私たちは、どこか窮屈な気持ちを覚えてしまうのでしょう。

一方、テレビではかなりの尺を要したコマーシャルが流れます。

動画配信サイトのように、サブスクに加入すれば広告を避けられる、というわけではありません。

新聞も同様です。一面しか読まない人であっても、一つの記事を読んでいる視界内に別の記事が写り込みますから、興味の無い情報も入ってきます。

また、一切記事を読む気がなくても、大きな見出しは目に入りますからね。

そう、これらのコンテンツでは『無駄』が多いんです。良い意味で、です。

情報にノイズが混じりますが、それが良い方向に作用し、視聴者に余裕を与えているのではないでしょうか。

 

長くなったので、さっさと結論を言います。

現在を生きる人は、『無駄』が排除されたコンテンツを享受することに慣れてきた。

そして、流行には流行り廃りがあるとすると、次に流行るのは『無駄』が多いコンテンツなのでは、と思い至りました。

結果として私は、

個人で運用でき、余計な話になりがちなブログというコンテンツに目を付けた

                                   のです。

 

4. 今後どうしたいのか

流行と『無駄』について語りすぎたので、さらっといきます。

今後の展望としては、

               継続あるのみ

                                    です。

今はこれ以外に言うことはありません。

初回ですし、三日坊主の私が他に何か書いても、続かなければみじめに映るだけです。

以上です。

 

5. 最後に

さて、LostAngelがお届けする最初のコンテンツはいかがでしたでしょうか。

現状では、見てくださる方がいてくれればいいなあ、という思いです。

自慢じゃないですが、ぼっちの経験は長いので、自分の思いをネットの海に垂れ流し続けるのにも慣れっこです。

それでは、今日はこの辺りで。続きは明日か明後日か、そのときのモチベーションに委ねます。

ありがとうございました。